細野不二彦 「Blow Up ! SESSION・1”IT COULD HAPPEN TO YOU”」 を読んで


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復活するまでの過程を見て、菊池が楽器を取るP20から演奏序盤のP24までは名ドラマーの気を引かせることがあっても、
興味を抱かせるような演奏ではないようだ。
たぶんP22では菊池のテナーが入ってから福田が合いの手を入れるようにピアノを奏でているのだと思う。(僕はここが好き)
少なくとも菊池がゆっくりブレスをしてからの演奏をしているような描写なので、ピアノ前奏がある雰囲気ではないと思う。
同時に表現技術として菊池のホーンの向きが右上のコマにいる名ドラマーに向けて演奏しており、誰に向けて演奏しているかも明確だ。

P24で名ドラマーは合席した評論家から辛辣な言葉を貰っている最中、二人から何らかのエネルギーを受けることとなる。
特にP24の最後のコマは印象的である。
右から左に流れるマンガの土台の中で、そのコマでは福田は左向きに演奏していながら、
聴き手の名ドラマーは背を向けて(右側に体が向き顔を上手く隠している)させているので私達読者はなんとなく目が止まってしまう。
重ねて言うならば、福田とピアノは真っ白になって背景にも光の模様のように白いものがポツポツある。
(もしかしたらそのポツポツは色が入っていたのかなぁ?)
思うにこのあたりから福田はリラックスし始めて菊池と共に音楽と融合したのかもしれない。
その融合が音楽の風のような表現で白いポツポツが音として表現されたのではないだろうか?
また同時に背景の左半分はトーンで潰し、右半分からバーの棚を見せることによって現実と音楽の境界を見せていると思われる。
P25の2コマ目で名ドラマーは音楽の世界へ戻り始め、4コマ目では目の焦点が合わなくなってトランスし始めているのがわかる。
そして名ドラマーの背景がなく、真っ白というのが印象的だ。
そこからは菊池と福田だけの音楽の世界から、名ドラマーを入れた3人の音楽の世界が構築されることとなる。
菊池と福田は名ドラマーが箸とマドラーを使ってグラスや氷入れを使ってリズムを取りはじめること
(P27の2コマは動線や擬音の数で凄まじさが表現されているのがわかる)にあっけにとられるが、
P28の3コマ目の「Go on! Go on the music!」という言葉で演奏が再び始まる。
そして3人はあたかも満員のフェスティバル会場で演奏しているかのごとくグルーヴし始め、
その描写はP29の1コマ目のように現実世界のフェスティバルの熱気とリンクしていることがお分かりだと思う。

しかし、そんな熱気溢れる演奏であるにも関わらず、
その場に居合わせた評論家は物語の最後で「驚くほどヘッタクソだったがね…」と言っている。
たぶん、恐ろしくヘッタクソだったのだろう。往年の名プレイヤーもかつての姿ではなかったのかもしれない。
だけど、ヘッタクソを越えたなんだか判別しがたい何かが音楽という枠の中であったはずだ。
だからこそ評論家は「IT COULD HAPPEN TO YOU!(まあそんなこともあるさ!)」と言って物語を締め括ったんじゃないだろうか。

そしてその言葉の締めくくりと共に菊池はテナーを背負いバイクにまたがって、どこかへ(自分の街へ)去っていく。
その終わり方がとても詩的で余韻を残す描かれ方は気分がとてもいい。
これからも物語が続いていくという描かれ方はありきたりかもしれないけれども、
私たちの心にまだまだ音楽が響き渡っている余韻が気持ちいいのだ。


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