アラン・ムーア/デイヴィッド・ロイド 「Vフォー・ヴェンデッタ」 を読んで


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その前に簡単なあらすじを紹介しよう。
近未来の英国は核戦争の混乱により独裁国家となった。マスメディアは政府にコントロールされ、
経済統制をしいた管理社会、秘密警察が横行して常に国民は監視され、
同性愛者や有色人種の排斥といったファシズムと化した英国を舞台にガイ・フォークスの仮面を被った”V”と呼ばれるテロリストが
政府を破壊しながらアイデンティティや正義を問いかけていく物語。

映画では”V”が独裁国家を破壊し、自由と解放を目指して民衆を導いていく正義のヒーローとして描かれていたが、
コミックでは趣が多少異なり”V”は必ずしも正義のヒーローと描かれているわけではなく、
アナーキストとして国を解放しようとしているが描写としては一人のテロリストという位置付けをはっきりさせており、
”V”の正義が必ずしも一義的なものとして描かれているわけではない。
物語に登場する脇役にもスポットライトが当たっているわけで独裁者側のアダム・スーザンやヘレン・ヘイヤーといった彼らなりの正義も描かれており、
今作のヒロインでもあるイヴィー・ハモンドや夫を亡くしたローズマリー・アーモンドは劇的な成長にともなう正義といった
信念を他人の影響を受けたにせよ自身の力で見事勝ち得ている。
そういった意味でも、僕たち日本人が思い込んでいる海外コミックにありがちな派手で善対悪といったステレオタイプな物語に陥ることなく、
登場人物にスポットをきちんと当てている非常に優れたドラマに仕立て上げられている事がわかるだろう。

「Vフォー・ヴェンデッタ」は82年から88年まで紆余曲折を受けながら長い時間をかけて作品を完成させた。
このとき英国は”鉄の女”の異名を持つサッチャーが79年から首相に就任しており、
連載が始まった82年は市場原理を重視し新保守主義を貫きながらも失業者が300万人を超え、
フォークランド紛争と呼ばれるアルゼンチンとの戦いがあり、北アイル問題は悪化したためIRAとの争いは激化し、
まだ冷戦時代ということもあって英国は国内的にも対外的にも非常に混迷していたときでもあった。
そんなこともあってか、作品は不況の閉塞感や対外策の強硬さが色濃く影響されているわけで「Vフォー・ヴェンデッタ」だけに限らず、
ほかの多くの作品で全体主義的な作風がコミックで目立ち始めたことは時代の流れと考えるのは言い過ぎではないだろう。
そうことを踏まえて考えると、英国のコミックは世相をふんだんに取り入れているわけで、
内容から言っても子供が読む物語マンガというよりも思春期に入っている大人が読む青年マンガが適当のような気がする。
「日本人は大人になってもマンガを読む変(幼稚)な国」という偏見を海外から持たれてきたわけだが、
日本みたいに出版数が馬鹿みたいに膨大でなくマイノリティだったとしても、
マンガがもつ普遍性や発展が決して日本だけに限られた話でない事が理解できる。


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