林明輝 「Big Hearts ジョーのいない時代に生まれて」 を読んで


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話が逸れてしまったようだ。
カオリの内面変化は彼女が書いた歌詞と曲にも現れる。(変化と言うよりも持っていた資質と言うべきだろうか)
カオリが訴えたい曲は「WISDOM TOOTH」「冬の雨」「BIG HEART」の3曲。
「WISDOM TOOTH」は「親知らず」が疼いた体験を基に思春期独特の衝動や絶望感を絶妙なバランスでアップテンポな明るい曲を60年代テイストで表現されているらしい。
「冬の雨」は対照的に愛する人を失った人をあまりに直截的に表現しているらしい。(図@)
どちらにも共通しているのは絶望や悲しみであり、それまでのカオリが構築してきたキャラクターと作品世界にギャップが生じてきているようだ。
繰り返しになるが、カオリはヒップホップやR&Bの真似ごとをやらされ、歌唱力や表現力があるものの、歌って踊れる胸が大きいアイドルとしてしかみられて来なかった。(僕から言わせればアーティストに必要な要素を必要以上に持っていると思うのだが)
それを、アイドルとしてではなく、カオリがどのような持論を持っているにせよアーティストとして自律するために生み出した曲が、ヒップホップやR&Bのジャンルでない事が興味深い。
なぜヒップホップやR&Bではないと言い切ってしまっているかは、3巻でカオリは音楽スタイルとしてアコースティックギターを持ち込んで、弾き語りをしている描写が象徴的だからだ。
それは、今までラッピングされてきたカオリとは違う等身大のカオリを提示するには、それに対極する音楽を提示する必要があったからだ。(ここで音楽ジャンルやロックやR&Bを軸にする現代ポップス論を展開するテーブルは複雑になるのであえて用意しない)
また、カオリがデビューする前のオーディション風景が描かれているが、当時のカオリのファッションを見るとB系ではなく、あえて分類するならばUKっぽいファッションだ。
同時にカオリが新しい恋、新たな一歩を踏み出すことを表現している曲「BIG HEART」は、3巻P311の3コマ目で栄一が「おーッ どロックじゃん!!」というセリフでわかるように、バンドバリバリの典型的なロックを演奏していると思われる。(図:A)
その点を考慮して深読みをするならば、彼女の本質的な音楽はヒップホップやR&Bではなく、UKサウンドをルーツに音楽的な資質を持ち合わせているのだと思う。

もう一言付け加えるならば、作者の林明輝自身もヒップホップやR&Bを認めつつも、連載当時から続く現在のJ-POPが歩んでいるジャンルになんらかの不信感を抱いているのではないだろうか。(現在のヒップホップ、R&B、ロックなどを取り込んだポップスは日本に限られた話ではない)
カオリはマンガを描いているマンガ家林自身であって、マネージャーの榊やプロデューサーのミカミは経験者林自身なのではないかと思う。

このマンガでは、あえて音楽を消費者に消費される商業音楽として僕達消費者の音楽という日常性を語ると同時に、消費されゆく商業音楽の中にアイデンティティを埋め込むという一種のアンチノミーを音楽の希望として提示されているのではなかろうか。

本当はカオリが書いた歌詞やエレカシを歌っているカオリの描写や、特に”アーティスト”
という課題には強く取り上げたかったのだけど、長くなりすぎたので今回は筆を置こうと思う。
今回の作品を自分なりの感想(批評?)を描くのは本当に苦労した。
それだけ面白くて突っ込みどころもあり、考えさせられることが多い作品なのだと思う。
そういうことを思うと、より多くの作品を描いて下さると大変嬉しく思う。


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